相続人や被相続人が認知症の場合の遺産相続方法について解説
成年後見厚生労働省よると、2025年には認知症の人が700万人に達するという試算が出ているように、これからは認知症の人が当たり前に身近にいる世の中になっていくと考えられています。
これは相続についても同じで、これからは相続人や被相続人が認知症ということも当然考えられます。
「相続人や被相続人が認知症だったときにはどうすればいいか?」
「何か特別なことをしないといけないのか?」
不安に思う人も多くなってくるでしょう。
今回は、相続人や被相続人が認知症の場合の遺産相続方法について解説します。
1.相続人に認知症の人がいる場合は、成年後見制度を利用
相続人に認知症の人がいる場合はどうしたらいいのでしょうか。
相続人の中に認知症の人がいるからといって、その人の権利を侵害することは許されません。
当然、その人を外して遺産分割協議を始めるということも認められません。
そこで、相続人の中に認知症の人がいる場合は、成年後見制度を利用することになっています。
成年後見制度とは、認知症の人に代理人を立て、認知症の人の権利が侵害されないように認知症の人に代わってさまざまなことを行う制度のことです。
成年後見制度には大きく分けて「任意後見制度」と「法定後見制度」の2つがあります。
本人の意思決定能力や判断力の度合いによって、どちらかを選択します。
(1)任意後見制度
こちらはあらかじめ誰を後見人にするか、また、その人にどこまでの業務を委任するかを自分で決めておく後見制度です。
本人に意思決定能力や判断力があるうちに、後見人になってほしい人と「任意後見契約」を結んでおきます。
その後、意思決定能力や判断力が低下したときに事前に選んだ後見人に委託した業務を行ってもらいます。
(2)法定後見制度
法定後見制度は、本人に意思決定能力や判断力が喪失している場合などに用いる後見制度です。
親族等が家庭裁判所に申し立てを行い、法律上で定められた一定の後見人を選任します。後見人は次の3つに分かれ、本人の状態に応じて執り行う業務が異なります。
①補助人
認知症の度合いが軽度の場合の後見人です。
一定の業務のみ行うことができます。
②保佐人
認知症の度合いが中程度の場合の後見人です。
ほとんどの業務を行うことができますが、一部できないものもあります。
③後見人
認知症の度合いが重度の場合の後見人です。
すべての業務を行うことができます。
2.成年後見人を選任する方法
ここからは、成年後見人を選任する方法について見ていきましょう。
上述したように、成年後見制度には「任意後見制度」と「法定後見制度」があり、それぞれで選任する方法が異なります。
(1)任意後見制度
①後見人になってほしい人と行ってほしい内容を決める
任意後見制度は、あらかじめ誰を後見人にするか、またその人にどこまでの業務を委任するかを決めることができる制度です。
まずは人と内容を決める必要があります。
後見人は、症状が悪化したときに本人の生活面を支えてくれる大事なパートナーです。
そのため、信頼できる人を選ぶ必要があります。
一般的には家族を選ぶ場合が多いです。
それ以外の場合では、友人や弁護士などの専門家に依頼する場合があります。
委任する内容は、今後どのように生活していきたいかを基に考えます。
認知症の症状が悪化したとき、自宅で家族と生活する、あるいは家族に迷惑をかけないように施設に入るなどといった内容をベースに考えることとなります。
症状が悪化すると考え直すことはできないので、慎重に決める必要があります。
②任意後見契約を結ぶ
後見人になってほしい人と行ってほしい内容を決めたら、次はその人と任意後見契約を結びます。
契約を結ぶといっても契約書を取り交して終わりということではなく、公証人役場で公正証書を作成します。
依頼を受けた公証人は、法務局へ出向き任意後見契約の登記を申請し、登記が完了すれば契約も完了です。
公正証書の作成のためには、公証人手数料11,000円、登記嘱託手数料1,400円、印紙代2,600円が必要です。
また、本人の戸籍謄本、住民票、本人確認書類(運転免許書等)や任意後見受任者の住民票、本人確認書類(運転免許書等)などが必要になります。
状況によって必要書類は異なるため、事前に公証人に確認してください。
③家庭裁判所への申し立て
任意後見制度の利用を開始するためには、家庭裁判所への申し立てを行う必要があります。
これは、本人から依頼を受けた後見人が任意後見契約に則り、きちんと業務を遂行しているかをチェックする任意後見監督人の選定を、家庭裁判所に審判してもらう必要があるからです。
任意後見監督人は、裁判所が選任した専門家などの第三者がなることが多いです。
申し立てができる人は、本人、配偶者、4親等内の親族、任意後見人(任意後見受任者)に限られています。
④家庭裁判所の審判
任意後見監督人選任の申し立てから数か月(2~4か月程度)で任意後見監督人の審判が下ります。
この審判をもって、後見人による後見業務が開始されます。
申し立てに必要な書類は下記のとおりです。
・申立書
・申立書付票(申し立てが本人以外の場合)
・任意後見契約公正証書の写し
・申立人の戸籍謄本
・被支援者の戸籍謄本・戸籍の附票・登記事項証明書・診断書
・任意後見人の戸籍謄本・住民票・身分証明書・すでに他の後見人に登記されていないことの証明書
・収入印紙(申し立て800円・登記1,400円)
(2)法定後見制度
法定後見制度は、任意後見制度と違いあらかじめ後見人を選んでおくということはありません。
そのため家庭裁判所への申し立てから行います。
①家庭裁判所への申し立て
本人の所在地を管轄する家庭裁判所へ成年後見人の申し立てを行います。
申し立てができる人は、本人、配偶者、4親等内の親族に限られています。
②事実の調査
申し立てを行うと、家庭裁判所に本人、申立人、後見人等の候補者が呼ばれ事情を伺ったり、本人の配偶者などの親族に後見人等の候補者についての意見を求めたりします。
③審判
申立書に記載した人物、または家庭裁判所が選んだ弁護士等の専門家を後見人等として選任します。
審判後、2週間以内であれば不服申立てをすることもできます。
④通知
法務局に成年後見人についての登記がされ、家庭裁判所から審判書謄本が送られてきます。これで後見人業務の開始ができます。
3.被相続人が認知症の場合は、遺言に注意
被相続人が認知症の場合は、遺言効力に注意をする必要があります。
(1)遺言を残す場合の注意点
効力のある遺言書を残すためには、遺言をするときにきちんとした判断能力がなければいけません。
逆にいうと、きちんとした判断能力があれば認知症の人でも遺言書を残すことが可能となります。
ここでいう「判断能力がある」とは、医師2人以上が立会い、遺言するときに本人に判断能力があったことを遺言書に記載、署名・押印することで証明されます。
(2)遺言が残っている場合の注意点
遺言書が残っている場合は、その遺言書に効果があるかどうかが問題となります。
遺言者の認知症の程度や、作成時はどのような状況であったか、内容は遺言者の認知症の程度と比べて適当なものかなどを総合的に判断します。
無効かどうか意見が分かれる場合は、遺言無効確認訴訟を起こすこともできます。
この場合も、遺言者や遺言書の状況などから総合的に判断して決着されます。
4.家族が認知症になったら
ここまでは相続人、被相続人が認知症の場合の制度について見てきました。
ここからは、家族が認知症になったらどのような準備をしておくべきかを見ていきましょう。
(1)成年後見制度の活用を検討
家族が認知症になった場合、まずは成年後見制度の活用を検討します。
成年後見制度は認知症の人などを助けるために考えて作られた制度です。
そのため、基本的には認知症の人に有利になる制度です。
特に、少し離れて住んでいる家族が認知症になった場合などは、すみやかに活用を検討した方がよいでしょう。
(2)遺言書
財産がある人が認知症になった場合は、いざというときのために、症状が軽い間に遺言書を作成することも検討します。
事業などを行っている場合は後継者問題が原因となり、親族間でトラブルになることもあります。
そうならないためにも、できるだけ早く遺言書を作成することを検討しましょう。
(3)家族信託
近年、成年後見制度や遺言の代わりに注目を集めているのが、家族信託です。
そもそも信託とは、財産を所有している人(委託者)が、それを管理してほしい人(受託者)と契約などを結び、管理する人に財産を移転する制度です。
受託者は財産を管理・処分し、その利益を家族など(受益者)に渡します。
受益者は受託者を監査する権限があります。
家族信託は、家族が受託者となる仕組みです。
財産を家族に移転し、管理してもらうことで、委託者である本人の判断能力が衰弱しても的確に財産を守ることができます。
家族信託は工夫しだいでさまざまなメリットを生み出すことが可能です。
たとえば、次のようなメリットがあります。
- 委託者である本人が存命のうちに資産を移転し管理するので、本人も自分が元気なうちに財産を承継でき安心できる。
- 財産の管理だけでなく処分も行うことが可能のため、相続税の納税資金などの用意がスムーズにできる。
- 残された家族に障害がある場合など、あらかじめ信頼できる親族を受託者、障害のある家族を受益者にすることで、確実に残された家族に財産を残すことが可能になる。
まとめ
今回は、相続人や被相続人が認知症の場合の遺産相続方法について解説しました。
相続人が認知症の場合は、成年後見制度を利用することによってその権利を守ることができます。
成年後見制度は「任意後見制度」と「法定後見制度」の2つがあり、必要書類やその手続きなどは複雑です。
成年後見制度は認知症などの人などのために設計された、とても有効な制度です。
相続人や被相続人が認知症の場合は、成年後見制度を利用するためにできるだけ早く弁護士などの専門家に相談しましょう。